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藤井雄一郎



藤井 雄一郎(ふじい ゆういちろう、1969年5月28日 - )は、日本の元ラグビー選手で、トップリーグ福岡サニックスブルース(現 宗像サニックスブルース)の元部長兼監督。現役時代のポジションはセンター(CTB)、ウィング(WTB)。次男の達哉もラグビー選手(現・宗像サニックスブルース)[1]

目次


経歴

天理高等学校名城大学卒、社会人ではニコニコ堂サニックスで2001年までプレーした。

2002年に母校である名城大学のヘッドコーチに就任。就任一年目で中京大学の東海リーグ133連勝を止め、翌年、大学選手権出場は逃したが、20年ぶりの東海リーグ優勝に導いた。

2004年、サニックスに復帰しバックスコーチとなる、2005年には監督に就任。トップリーグ昇格当初低迷が続いたサニックスだが、藤井の監督就任後(12位→9位→12位→11位→7位→8位)、3度の入替戦を行っているものの、着実に順位を上げ、1度もトップリーグからの降格はしていない。 トップリーグ唯一の雑草集団と言われるチームを率い、残した戦績は日本ラグビー界から高い評価を受ける。 2013年豊田自動織機に入れ替え戦で破れ降格、2014年シーズンは九州リーグトップチャレンジ全勝でトップリーグに復帰したが、最下位に終り1年で再降格した。2015年シーズンは九州リーグトップチャレンジ全勝で入れ替え戦でもNTTドコモレッドハリケーンズに勝利して1年でトップリーグに復帰した。

2016年より現役監督としては初めて日本協会理事となる。

2018年サンウルブズに所属、キャンペーンディレクターを経てGMに就任、サニックスの監督を退任、日本ラグビーフットボール協会15人制代表副強化委員長に就任

2019年サンウルブズGMは継続、ラグビー日本代表15人制副強化委員長より15制強化委員長へ昇格、ラグビー日本代表史上初のベスト8に貢献する。


出典

  1. ^ サニックス白星発進 SH藤井TLデビュー戦活躍 . 西日本スポーツ(2020年1月13日). 2020年1月15日閲覧。

2. ONE TEAMはなぜ生まれたかhttps://www.amazon.co.jp/%E8%97%A4%E4%BA%95-%E9%9B%84%E4%B8%80%E9%83%8E/e/B08DD9JP1T/ref=dp_byline_cont_book_1

3. ONE TEAM の軌跡


関連項目


外部リンク





ソース


情報の状況: 19.07.2021 08:11:35 CEST

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